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「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」
「どうだ。起きられるか」
男は、びつくりしたやうに房一を見た。
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
「かういふ玩具おもちやのやうなものを出して、年甲斐もないことでした」
半シャツの男は房一の前に来て、はじめてお辞儀らしい格好をした。
三十分もたつた頃、自動車は角屋の表で停つた。そこは国道が河原町に入らうとする曲り角で、角屋は国道に沿ひ、裏は河に臨んだ旅館である。責任者としての房一と神原喜作がそこにやつて来た時には、署長はまだ加藤巡査の報告を受けている最中だつた。若し房一達の来るのがもう少し遅れたら、加藤巡査の報告もあやふやになり、署長はじめを現場へ案内せざるを得ない破目はめにもなつただらう。そして、事は出張所の消防演習を火事と誤認して人だかりがしたのに過ぎず、事実が判明するにつれて漸次分散して行つた、といふことに落ちついた。全く一時は成行を憂慮された事態も、落着してしまへば、事実その通りにちがひなかつたのである。
富田はすぐ又自分の方に話をひきとつた。
と、房一は訊いた。
「え」
「はン」
「ズブリと相手の眼の中へさしこんでしまつたさうでね。――親方すみません、とあやまつたと云ふんだが、どうもね、――何しろ他の人の見てる前でやるんだから、たまつたもんぢやない」