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日々は平凡に単調に過ぎて行つた。
が、徳次は話したいことが一杯あつた。彼には女の子ばかりが四人もあつた。一人いる男の子はまだ赤ん坊だつた。それらは全くうようよと、徳次の知らない間に生れて来たやうな気がした。家の中を葡はひずりまはり、土間にころげ落ち彼の足にとりつき、彼を「お父ちやん」と呼んだり、「お父う」と罵つたりする。彼は子供を可愛がつているのか煩うるさがつているのか、自分でも判らなかつた。彼にはあらゆることが矍鑠くわくしやくとした老船頭だつた父親がいつの間にか耄碌もうろくしてよろよろ歩くやうになつたこと、一番上の姉娘が或る時ひどい熱を出してから頭が変になつていまだに「八文」であること、何の気なしに押した無尽の請判で百円といふ大金を支払はされるのだと聞いて小半年の間世話人のところに文句を捻ねぢこんで手こずらせたこと、それらすべてのことが徳次には一体どういふわけで起きたのかさつぱり判らなかつた。それは漠然とした年月だつた。たゞ何かしらこみ入つて、一杯つまつて、過ぎてしまへば片つぱしから一向に手答へのないものになる年月だつた。それをどんな風に話したらいゝものだらう。
「さうです」
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」
傷は三箇所を縫つた。
「まづい、まづい。酒がまづくなる」
そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。
胡坐をかいた道平は今膝小僧までまる出しにしていた。それも日に焦げている。
「さうなんですよ。まあだ帰らないの」
二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。
「何を云うとる。すまじきものは宮仕へ、といふぢやないか」
根津が箱根における化物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。